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2008.07.21

裏手とはいうが、表手とはいわない。

ふと気がついたのだが、場所を示す、表現する際に、裏とか裏手とか言う。

まず、裏と言うのは、その場所に表が存在する時、言う。

そして表は、そのほとんどは、よほど、強調したいとき(入口とか出口を強調したいとき)にしか、言わず、あまり表現しない。

裏は、当然のことながら、表というメジャーな場所、公知の場所がある時に、その逆側という意味で表現する。その方向は東西南北を問わないし、ちょっと離れていても、その地帯ということでも使う表現だ。

それって、見方や伝えたい相手が変われば、表な訳だ。

まぁ、ここまではいい。

裏手と表現するが、表+手の「表手(おもてて)」とは言わない事に気がついた。

この場合の「手」は、場所、辺りを意味するが、無くても、意味としては伝わる。

なんで、表現するようになっただろうかと。

 ・裏という語感が悪いから、やわらかくするため?
 ・表には、語尾が、「て」でおわっているし、3音だから、裏も韻を整えた?

まぁ、酔っ払い、意識を失いながら、そんなことを思ったわけです。

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