いちじくのなみだ (2)
小学生の頃、夏休みごとに祖父のもとに預けられ(自分も行くのを楽しみにしていたのでほの暗い過去ではない)、1か月以上を過ごしていた。
勤勉な祖父は、日本の親父を地でいく威厳さがあった。兼業農家だったが、祖父の仕事は宮大工。
僕が遊びに行くころは、現役というより、ほぼ農家で、たまに大工として働きに行っていた。おそらく、監修のようなことをしていたのだろう。職人だから、現場に行っていしまうと自分で動いてしまうらしく、送迎のおじさんが帰ってくると、いつも笑い話のように、そのくだりを教えてくれた。
仕事場が隣にあり、木っ端やおがくずは取り放題なので、しょっちゅう入っては、かき集めて、積み木代わりにしたり、何かを作っていた。でも、内緒。で、いつも、怒られていた。
絶対、一人で入るな、危険だと厳しく教えられていた。
ある時、遊んでいて仕事場で転んで、鋼鉄の機械の角に頭をぶつけ、血が噴き出したことがあるが、祖母とは違い、こっぴどく怒られた記憶がある。
その傷は、祖父を忘れないようにするためか、いまだ頭頂部にクレバスとして残っている。
仕事が無い時も早朝から草むしりをしている。
とにかく、労働をして、腹を減らして、おいしく食事をたべて、規則正しく暮らす。
子供には、まったくわからなかったけれど、祖父への憧憬とか畏怖とか尊敬のようなものを感じていたし、皆がそんな感じで、寡黙な祖父の凄みを感じていた。
いつも、草むしりしながら、横で手伝っているのかちょろちょろしているだけなのかの餓鬼の自分に「(仕事でお金が)入ってきたら、お小遣いやるけんなぁ」と言っていたことを思い出す。
あの頃、大工の仕事のことを指しているのだと思っていたが、今思えば、他に祖父が畑の一角をいつのまにかいちじく畑にして育てていたいちじくも指していたのだと、最近知った。
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